中川俊一Syunichi Nakagawa
禍の嵩み 輪を組みて玉 昇れ月
組ねぷたの基礎基本は球体、円を組み合わせることで球体を作り上げる。
人と人との縁と和が織り成す宝、つまり、ねぷたの時間空間。
今は耐え忍びの時、せめて月の美しさだけでも共感できれば。
中川俊一Syunichi Nakagawa
(本名三浦俊一)
1977年弘前市生まれ。幼少期より弘前ねぷたまつり参加団体である「必殺ねぷた人」にて、人形ねぷたの制作技法を学ぶ。1997年からは制作総指揮として、毎夏、人形ねぷた制作を現在までに30台以上手掛けている。2004年までは東京都に拠点を置き川崎ハロウィンパレードのフロート制作などを手掛けた。2005年弘前市にUターンし、ねぷた制作技法を活用した工芸作品の制作をする傍ら、2006年より弘前大学大学院教育学研究科修士課程美術教育講座に入学し、ねぷた制作技法の分析を行う。その後、弘前大学大学院地域社会研究科博士課程に進学し、弘前大学特別研究員、非常勤講師に着任、現在は弘前大学大学院地域社会研究科客員研究員として、研究を継続している。また、2011年からは、ねぷた文化の継承・発展に向けて、国内外の地域間交流事業(弘前ねぷた浅草まつり、大阪ねぷた祭り、ジャパンエキスポインスリランカなど多数)や後継者育成事業などを企画しコーディネーターを務めている。近年では、人形ねぷたの技法を応用したショウウィンドウディスプレイの造形制作(新宿三越、銀座和光、GINZA SIX)も手掛けており、2016年には日本空間デザイン賞2016(DSA Design Space Award )銀賞を受賞している。2020年、弘前ねぷたまつりが中止となったことを受け、「みんなでつくろう!オンラインねぷた」実行委員会の会長として同事業のインタラクティブ、リバイバル、ボーダレスの三部門を企画運営した。また同年、弘前れんが倉庫美術館にて、「小沢剛展 オールリターン ―百年たったら帰っておいで 百年たったらその意味わかる」の空間装飾に参加、人形ねぷたの制作技法を応用し、高さ8m幅46mの巨大壁面装飾を制作し注目を集めた。
Hissatsuねぷた人
1972年創設。弘前ねぷたまつりには48年連続参加。発足から10年ほどは扇ねぷたを制作していたが、それ以降はメインの本ねぷたを人形ねぷたの様式で制作し続けている。創設当初より、ねぷた制作では用いられていなかった様々な技法を取り入れる作風でねぷたを制作してきた。最近では2017年から、「ぱやらぼ」との連携により、プロジェクションマッピングの技術をねぷた制作に導入している。2018年には人形ねぷたの技法で作られた立体的造形物の内側から、プロジェクターなどを照射させ、模様や色相が変化するねぷたの制作を行っている。近年では、ねぷた団体が地域活動のハブになることを理念に掲げ、上記の「ぱやらぼ」以外にも、サッカーチーム「ブランデュ―弘前」、まんなかづくり実行委員会、弘前青年会議所、アーティストGOMAなど多数の組織個人と、企画・人員を連携し、団体運営を行っている。
弘前れんが倉庫美術館にて、「小沢剛展 オールリターン ―百年たったら帰っておいで 百年たったらその意味わかる」の空間装飾
https://www.hirosaki-moca.jp/exhibitions/tsuyoshi-ozawa/